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おおすみACTアーティスト

大隅アートライブ展アーティスト ー まむねむこ ー

KTSアートマーケット受賞作家 受賞者:まむねむこ mamu nemuko 鹿児島市

■ 肩書き・氏名 イラストレーター まむねむこ
■ タイトル [薩摩おごじょ2017]
■ コンセプト 鹿児島の色々な風景におごじょを描き込み、実写と二次元との化学反応を楽しんでいただければと思います。大隅の各地にも登場します。
■ 展示期間 11月11日〜26日(9時〜17時)

まむねむこまむねむこ

大隅アートライブ展アーティスト ー 宮内裕賀 ー

宮内裕賀(イカのインスタレーション)鹿児島市(大崎町出身)

■ 肩書き・氏名 イカ画家 宮内裕賀
■ タイトル [イカ古墳]
■ コンセプト 横瀬古墳は、海に近く、当時の人々はイカも食していたのではないかと考える。

日本の主食になった米を作る水田と日本で最も消費されてきた海産物であるイカをイカ墨で描き、古墳時代から現代の命をつなぐ食の尊さと自然の素晴らしさを表現する。

横瀬古墳には、海に関する豪族権力者が埋葬されているはず。

当時の古墳は現在より海岸が近かった。空中に巨大な水イカが降臨、それは生の中に死を持っているイカ。天から降り注ぐイカとイカ墨。神話の時代。海から来た女神は出産時にイカにもどる。

まわりの水田の水はイカの青い血液だった。水面は空が反射し青くグラデーションになる。

荒々しい自然から美や生を人間のところまでもたらしてくれる神。

生きるための食を支える稲と、スルメ。イカは自身を食べさせて人間の生を支配していた。人々はイカに生かされていた。日本語のイカの語源を辿れば食べ物そのものを意味している。イカのイは語声強調の接頭語、カは食(ケ)が訛ったもの。

イカは、焼く煮る干す刺身、すべての調理法が叶う。主な栄養素はタウリン。旨味のイノシン酸が含まれていないのに旨味がある。遊離アミノ酸のグリシン、アラニン、プロリン。美味しく感じるようにつくられている。円柱形の内と外、生き物はすべて円柱形。イカは透明。生と死がみえる。生も死も美しい。すべてがひとつですべての人の心に宿っている。古墳時代にイカを食して生きてきた人々の子孫が私達。私達はイカ。

古墳時代に海が思考してつくった土地に古墳がつくられた。石室は波が侵食してできた。または海が運んだ石を人工的に組んでつくった。イカの水槽。文字は伝わっていない時代だけど壁に記号や絵がイカ墨で描かれている。棺は木舟でできている。埋葬者のうえにイカが幽体離脱する。一緒に埋葬された装飾品はイカモチーフ。スルメ、イカの眼の水晶体、勾玉、イカの卵の植え付けられた植物。イカの過去現在未来はすべて同時に存在する宇宙のいま。

横瀬古墳はイカ画家がイカを描くきっかけになったイカを釣ってきてくれた近所のおじさんと幼少の頃から遊びに来ていた場所です。イカ画家が頻繁に作品のモチーフにしている田園風景は横瀬古墳周辺の田んぼをモデルにしています。

これまで自分の絵に描いてきた大事な場所でイカの作品を展示することが叶い幸せに思います。

古墳は故人を弔う構造物という意識がありアートを展示することに畏れ多さと不安を感じることもありました。しかし、研究者の方に古墳はセレモニーのためのモニュメントであり多くのひとにきてもらうことに意味があるというお言葉をいただき、自分の感じてきたイカと横瀬古墳のアートを制作すること決めました。

横瀬古墳は素晴らしい美しい前方後円墳です。実際にお越しいただき体感してもらいたいです。そして古墳時代から現代までの自然と人間の営みに想いを馳せていただけたら嬉しいです。

今回の作品のコンセプトは史実とは異なる、イカ画家の妄想です。

宮内裕賀宮内裕賀

大隅アートライブ展アーティスト ー 橋口博幸 ー

橋口博幸(竹によるインスタレーション)鹿児島市

■ 肩書き・氏名 造形作家(愛竹家) 橋口博幸
■ タイトル [川上「竹」中学校]
■ コンセプト 大隅半島の真ん中、肝付町川上地区に位置する川上中学校。校舎は国の登録有形文化財に指定され、「校舎」を一目見ようと観光客の訪れる場となっています。休校扱いのため、校舎内は未だに「最後の日」のまま残されています。教室も職員室も廊下も下駄箱も……。今にも子どもたちの声が聞こえてきそうですが、ひっそりと静まりかえりどこか寂しい雰囲気です。
センダンの木はおよそ半世紀前に植樹されたもので、最初は苗木だったものが大きく育ったようです。今では3m近くなった「木の股」はかつて、地際にあり子どもたちは跨いで遊んでいたとか。校舎の端に植えられ、子どもたちと校舎を眺めながら共に成長した木です。このセンダンの木とともに、元気に学ぶ子どもたちの姿を想起しながら「校舎を眺める場」を竹で制作しました。
竹の構造物の中に入ると、川上中学校創立50周年の記念誌に掲載された、昭和25年から平成15年までの卒業生写真が透明なシートに印刷され飾られています。国に指定された立派な建物としてではなく、大勢の子どもたちの学び舎として校舎を眺めていただけたら、と思いました。
木の股には卵形のような竹のオブジェがありますが、ちょうど大人が一人入れるくらいのサイズになっています。子どもたちが中学校という場で孵化し、大きく羽ばたいていったイメージから、「木に育まれる卵」をイメージしています。
学校のすぐ脇には川上神社があり、校庭は毎週末グランドゴルフをする人たちで賑わいます。地元の方々にとってとても大事な場所です。学校という場は何かしら、活用してこそ生きる場所だと思います。
(唐突なようですが)竹も同様です。毎年生えてきて、すごいスピードで生長し、生活の様々な場面に活用されてきた有益な自然素材。生活圏のすぐそばに意図的に植えられ、その生息域を拡大してきました。少し前まで生活用具の多くが竹でつくられていましたが、それは徹底活用する知恵を人々が持っていたからに他なりません。自然は知恵がなければ扱えない。この大自然に囲まれた肝付町での滞在はそのことを痛切に教えてくれました。
身近な素材である竹を用いた竹の空間が、今一度、在りし日の中学校を想起させる装置となってくれたら幸いです。
橋口博幸橋口博幸

大隅アートライブ展アーティスト ー 萩原貞行 ー

萩原貞行(空間造形)霧島市

■ 肩書き・氏名 美術家 萩原貞行
■ タイトル [とおりゃんせ]
■ コンセプト 朝日を迎え海に夕陽を送る荒平天神。参道さえも満潮時に消える不思議な光景。
大自然は常に浄化再生している。強いエネルギーの流れる参道に設置した作品は、新しい自分への出入り口。
萩原貞行萩原貞行

大隅アートライブ展アーティスト ー 田原迫 華 ー

田原迫 華(彫刻)指宿市

■ 肩書き・氏名 彫刻家 田原迫華
■ タイトル [いつか見た秘密の花園 Secret Garden of Memory]
■ コンセプト 記憶は薄れていく。
繁茂する植物のように侵食する忘却のなかで、遺されていくのは骨のように白い石膏と焼かれた土。
はじめて逢ったはずなのに、なぜか懐かしい面影の少女たち。
薔薇の香りが誘う、いつかの記憶のなかの 秘密の花園。

≪三人目の存在理由≫
素材:石膏
同じ粘土原型から成形した「双子」作品
人間と彫刻の「存在」について思考した

≪Message≫
素材:石膏
誰かを思いながら、届くとも知れないMessageを綴る

≪Memory≫
素材:テラコッタ
素焼きの陶土が植物に埋もれていく
大地の女神、悠久の記憶の象徴としての女性像

≪水面≫
素材:石膏
ハムレットのオフィーリアを思い浮かべながら

≪inhale/exhale≫
素材:石膏
Inhaleは「吸う」exhaleは「吐く」、合わせて「呼吸」の意味

田原迫 華田原迫 華

大隅アートライブ展アーティスト ー 架爾美智也 ー

架爾美智也(巨大ペインティング)鹿児島市

■ 肩書き・氏名 美術家 架爾美智也
■ タイトル [自然と人の風の道-2017]
■ コンセプト 奥深い山野と広がる大地に、古墳から宇宙へとつながるロケット基地まで、大隅半島は歴史と文化の里です。その中でも鹿屋は、草原に繰り広げられる、生活の在り様を象徴するような所です。そこには、過去から現在・未来へと流れる時間が、草原の風のように、人々の感情や理を織り込みながら吹いています。
「自然と人の風の道」は、人の心に生まれる自由な流れの在り様(自然)と、人の手の届かない大自然の在り様(自然)との間に流れる風が、共に生きていくために思案を巡らせている道を表しています。
当初今回の作品は、人工的建造物(河川・道路などの護岸)へ直接描く“壁画”という形で、よりストレートに表現したいと考えていましたが、様々な紆余曲折の結果このような設置となりました。これは、次の展開への序奏のような作品ですが、時代の流れの風や、様々な風を感じて頂きイメージを広げて、「自然と人の風の道」からのメッセージを受け取っていただければ幸いです。
架爾美智也架爾美智也

大隅アートライブ展アーティスト ー 岩木詩緯子 ー

岩木詩緯子(インスタレーション)湧水町

■ 肩書き・氏名 造形作家 岩木詩緯子
■ タイトル [地平線を越えて]
■ コンセプト はじめて霧島が丘公園の広い芝生を見たとき、心も身体も解放されるような気持ちになりました。思わず寝転がり、この丘の向こうに見える水平線に向かって泳ぎだしたくなった気持ちを作品にしました。公園を利用する人々にとって、良い意味でわかりやすく、心地よいアクセントとして存在してくれたら、と願っています。
岩木詩緯子岩木詩緯子

大隅アートライブ展アーティスト ー いちだみなみ ー

いちだみなみ(インスタレーション)鹿児島市

■ 肩書き・氏名 造形作家 いちだみなみ
■ タイトル [音の森-風と音-]
■ コンセプト 作品を制作するにあたり、丸岡公園にはじめて訪れたときに感じた、並木道の木漏れ日、足元のコケの色、風の動きといった自然に神秘的な感覚を大切にしたいと思っていました。実際に出来上がった作品は、展示をはじめる前から構想してきたこととは、少し異なりますが、あの場所に立ち、並木道を抜ける風を感じながら、そこで生活している方々の話に耳を傾けながら作品を形にしました。
自然のままに見える並木道も、朝女性たちが箒で掃き、維持されていること。少しずつ季節が移り変わり、葉が色を変えていること。同じ場所を通っているかのように見える風も一時一時異なる道を通っていること。太陽の傾きが変わり、木漏れ日があたる位置も少しずつ変わっていること。さっきまで樹に実っていた木の実が次の瞬間には地に落ちてくること。そこで聞こえる季節の音、毎日の生活音、その場に長くいることで知るその場所にある匂いなど、わたしの作品を通してそういった日常の中の何気ない音、物事の変化の過程や空間、時間を感じて頂けたら幸いです。
いちだみなみいちだみなみ

大隅アートライブ展アーティスト ー 藤本髙廣 ー

藤本髙廣(鉄ジャンクアート)熊本

■ 肩書き・氏名 鉄の造形作家(くず鉄魂) 藤本髙廣
■ タイトル [すみっこ地産地生!] 隅っこに眠る様々な「くず鉄」に「魂」が宿る。
■ コンセプト 僕が廃材でモノを創る時, その道具を作った人、使っていた人達のことを思いながら創ります。消えていく時代のカタチを残し、それを見た人が笑ったり、 元のカタチは何だろうとか考えたり、使っていた人などに思いを馳せることを願いながら創っています。その都度廃材のカタチと向き合うことは、言ってみれば自分への挑戦のようなものです。
でも、本当のところは何故創るのか自分でもわかりません。わからないからこそ誰も想像していない新しい「かたち」が生まれ魂が宿るのかもしれません。
藤本髙廣藤本髙廣

大隅アートライブ展アーティスト ー Maya Onoda ー

Maya Onoda(和紙によるインスタレーション)東京

■ 肩書き・氏名 アーティスト Maya Onoda
■ タイトル [Transform(トランスフォーム)]
■ コンセプト ものが小さくなって持ち運べるようになった時が好きです。
なぜなら、ひろげたとき魔法が起こるから。

紙は、シンプルに折るだけで立体になる。折りたため、コンパクトになる。そして軽い。
日本に育って、障子戸やら折り紙やら、紙に多く触れてきた事もあり、すっかり紙の魔法に魅せられて、主に紙を使ったインスタレーションを作っています。
インスタレーションとは、私にとって、空間に立体的に絵を描く事です。

今回の作品”TRANSFORM”も、驚かれることに、スーツケース1個半に収まって、児玉醸造さんにやってきました。
毎回、作品を搬入して設置するたびに、テントを運んで暮らす遊牧民のようだなぁと想像を膨らませています。

日常をアートに。アートを日常に。
作品には、和紙の障子紙を使ったり、コーヒーの染み、折り紙の袴や帽子、靴下を買った時に中に入ってる厚紙だったり、、日常があふれています。
ものの見る角度を少し変えて、同じものが違って見えてくるのを楽しんでいます。
みてくれる人が、作品に身近な日常を見つけて、少し心をくすくすとふるわせてくれたら嬉しいです。

今回のインスタレーションが出来たきっかけ。

2年ほど前、ひょんな出会いから 鹿児島県伊佐市で行われる”コンタクトインプロフェスティバル”という即興ダンスのワークショップイベントに参加しました。
”コンタクトインプロ”というダンスとは何か?ましてや、このフェスティバルで何をするのか?全く予期せずに、
”ワークショップ”という言葉があったにも関わらず、参加してる他のダンサーに混じってまさか自分も踊ることになるなんて想像もしないままに、、
この経験そのものが即興的なものとなりました。

インプロビゼーション=即興、文字どおり、振り、音楽、照明、全てがその瞬間の生まれ、
コンタクト=接触、物理的に触れても触れなくても、パフォーマーが”接触”した時初めて、全ての動きが作り出される。
ダンサー達は、まるで目に見えない触手を互いに伸ばし合い、全ての感覚を超越して感じあい共鳴し、目には見えないけどそこに確実にあるものを表現する。

例えば、何か脚本のある演劇を見るとき、次の展開はどうなってどう終わっていくかということを時間の経過とともに無意識ながら想像してしまう。
それが当たったり、予想を覆されたりが楽しかったり、、
それとは対照的に、コンタクトインプロの舞台では、演者も観客も次に何が起こるかわからない。
全てが即興で作られるため、時間の概念すらなくなってしまう。その瞬間、ステージと客席の垣根すらなくって全てが一体となる。

インプロダンサーが見せてくれた”目には見えないけどそこにあるもの”によって、”つながり”と”存在”について強く意識するようになりました。
物事は目には見えないけれど、”つながり”ができて初めて”存在”する。
連想ゲームのように”変化”を繰り返し、”つながり”ながら存在しているんだなぁと。

私自身、作品を作る時、”こういうものを作ろう”といった設計図はなく、素材や色、そして空間と連想ゲームするように会話しながら作ります。
例えば、想像もつかないような面白い形や色をしたコーヒーの染みを見て、その続きを考えながら絵にしていったり。
そんな風に、私も知らず知らず、コンタクト=接触し、インプロ=即興して作品を作っていたんだと再認識しつつ、
コンタクトインプロとの”接触”でうまれた私の即興が、今回のインスタレーション作品、”transform”となりました。

”TRANSFORM”では、
見えるものと見えないものの隙間をうめるように、物事の目には見えない”つながり”を描き、存在を表現しています。

作品にある羽織のようなもの、たくさんの帽子は、
もしインプロダンサーと私の作品でコラボレーションするならと考えたとき、
”身にまとうことのできるインスタレーション”という一番最初に閃いたアイディアから生まれたものです。
そして、ダンサーが見せてくれた”目には見えない触手”は、変化し繰り返す模様’しましまてんてん’で表現しました。

”TRANSFORM”

せかいはしましまてんてんであふれている。

カメレオンのシマシマ。
毛虫のてんてん。
サンショウウオのぶち。
シマウマのシマ。
ウツボのぶつぶつ。
地球のわれめのすじ。。
つづく、つづく。

色や形を変えて、変化し永遠とくり返すしましまてんてん。
ずっと続いていくしましまてんてん、”見えないけどそこにあるもの”、物事の”見えないつながり”を想像させる。

連想ゲームのように、物事の間に起こる変化を想像する。

点がつながり線となり、線がつながり面となるように。
”存在”は”つながり”でつくられる。
”つながり”は”変化”をつづける。

目には見えないけどそこに確実にあるもの。

Maya OnodaMaya Onoda
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